更新日時で差をつけろ

もはや更新日時でしか差を付けられない

一人部屋に移った

たまにログインしてアクセス解析を見てみると特に何もないのに急にアクセスが増えることがあって面白い。

寮の部屋移動を済ませた。待ちに待った一人部屋である。今までは一つ上の先輩もしくは一つ下の後輩との二人部屋だった。 前の入居者がなかなか出て行かなかったので荷物を運び込むのが遅くなってしまった。前の入居者について文句を言いたいわけではなくて、その人はその人で来年度過ごす部屋に住んでいる人が…というのをくり返して卒業予定の5年生が早く出て行ってくれないと動けないので仕方ない話である。閉寮が早すぎるんじゃないかと思った。

荷物を運び込んで、前の二人部屋を掃除して、新しい部屋を掃除して(一応出る人が掃除することになっているとはいえ明らかにそれほどされていなかったのでやり直した)、レイアウトというほどでもないが適当に考えてモノを収納した。同級生の助けを借りても6時間弱かかった気がする。学校でもらってきたマット数十枚を掃除機で一枚一枚吸うのが大変だった。しかしながら、一人部屋の気楽さというのは移動が終わる前から始まっていた。何をどこに置くかは(だいたい)自由で一番納得いく形になるよう工夫することができて楽しい。あくまで物理的な存在という制約が課せられているのでちょうど良い難易度というか、考えの余地になる。

部屋自体は棚のサイズが2倍になった。一人当たりのコンセントの差込口が3倍の6つになった。代わりにタコ足をどこかに失くしてしまった。それでもパーキンソンの法則よろしく両方使い切ってしまうんだろうなあ。 窓を独占できるが、建物の反対側なので新幹線ではなくB寮が見える。部屋で縦に吊るしていたカナダ国旗は他にいい場所がなかったので大胆に窓側にぶら下げてみた。B寮からはこれが見えるのだろうか。見えたらどんな気持ちになるだろうか。上下逆さにしたら気づくだろうか。

ドアを閉めると自分の目に動くものは何も動いていなくて「ああ帰ってきたなあ」という感覚がとても強くなる。大阪に住んでいたときの自分の部屋がスライド式のドアで、寮もそれと同じなのがその感じを補強しているように思える(ドアを開ける方向は違う)。 目の前に他人がいるとどうしてもそっちに気持ちが向いてしまうのに対して、なんだか居場所がちゃんとそこにあるような安心感がある。

夜中に作業しないといけないことになっても相手の迷惑を考えなくていいし、好きな時間に寝て起きられる。考え事をするときに無意識に部屋の中を歩き回っても何も言われない。どうしても人に会いたくなければホワイトボードに「作業中なので入室は後にしてください」と書いて部屋の鍵を閉めてしまえる。わざわざ夜に散歩に出なくてよくなる。散歩は多分するけど。なんか言葉にするとどうでもいいようなことのように思われそう。

一方で一人部屋になっても変わらないこともある。夜中になっても物音・話し声はするし、むしろ向かいの部屋の人がスピーカーでEDMを流している上に隣は大部屋で不吉な予感しかしない。3階なので廊下にドアが設置されておらず声がよく通ってしまう。

昨年度二人部屋になったときは「人の目がある方が勉強とかできていいかな」と思っていたが全然そんなことなかった。この発見を裏付けるためにもそれなりにうまくやっていきたい。

しかし明日には寮が閉まり大阪に帰る。さらば一人部屋…